大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(ネ)349号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 新菱冷熱工業株式会社

右代表者代表取締役 加賀美勝

右訴訟代理人弁護士 宇田川好敏

被控訴人(附帯控訴人) 清水工機株式会社

右代表者代表取締役 清水一郎

右訴訟代理人弁護士 降矢良

主文

原判決中控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)とに関する部分のうち、控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)の本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)代理人は、「本件控訴を棄却する。原判決中控訴人と被控訴人とに関する部分のうち、被控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人は、被控訴人に対し七三万二、六九六円およびこれに対する昭和四六年三月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示中被控訴会社と控訴会社に関する部分と同一であるから、こゝにこれを引用する。

被控訴会社代理人は、次のとおり述べた。

被控訴会社と控訴会社間の取引関係は、昭和四二年四月頃からであり、同四三年二月頃から原審被告滝口諟も控訴会社の被用者として被控訴会社との取引に当っており、被控訴会社の店頭に出向き、または電話等で発注し、注文品は工事現場が数ヶ所あり、原審被告滝口の指示現場に配達したり、控訴会社の方で引き取りに来たりしていた。本件の場合その発注が従来に比し高額ではあったが、これは、控訴会社の河口湖における新規工事に使用するものとして、注文されたもので従来も新工事の初めには常の場合より多量高額の発注が通例であった。

従って従来より高額であり、原審被告滝口が直接引取りに来たにしても、これを異とするに足らず、なお、数量、金額の多少はとにかく、それまで引続いての取引に何らの故障なく決済されていたことであり、また被控訴会社の控訴会社に対する与信限度は月額五〇〇万円であったこと等を併せてみると、原審被告滝口の発注、引取りの外形的事情がその取引行為に疑をはさむ程異例な特別の事情であるということはできない。

控訴会社代理人は、次のとおり述べた。

請負人は、注文者から独立して事業を行うものであるから、請負人の行為に関し注文者は、何の責任も負わないのが民法の原則であるばかりでなく、元請、下請のような場合元請の下請に対する指揮監督が行われ、その関係が使用者、被用者の関係に近い場合であっても、下請の被用者の不法行為が元請の事業の執行につきなされたものとするためには、直接間接に被用者に対し元請の指揮監督関係の及んでいる場合に加害行為がなされたものであることを要するものと解すべきである。本件においては、控訴会社と新成工業株式会社との間には指揮監督などの関係はなく、況んや控訴会社が原審被告滝口を指揮監督するような間柄ではなかったのであるから、使用者責任などは到底問題にならない。

≪証拠関係省略≫

理由

一、被控訴会社が上下水道資材、鋼材機械工具類等の販売を業とする会社、控訴会社が冷暖房冷凍給排水建築防熱工事等の請負を業とする会社、新成工業株式会社(以下新成工業という。)が上下水道土木建築等の工事設計施工を業とする会社であることは、いずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原審被告滝口は、新成工業の従業員であって、同会社の山梨県下の工事全般の責任者として工事施工を掌握し、後記認定のとおり、これら工事に必要な資材を同会社のため被控訴会社に注文して購入していたところ、原審被告滝口は、新成工業の請負工事に使用するのではなく、自己のために他へ転売する目的を抱き、その処分先等の目処を立てたうえ(平元こと尹進の紹介により星野正男に売却することに話がきまっていた。)、昭和四四年二月二七日、被控訴会社に対しあたかも従前同様新成工業の請負工事に使用するかのように装って注文し、これを誤信した被控訴会社より翌二八日原判決添付目録(一)記載の資材、さらに同年三月一二日前同様の注文をして、同月一四日に同目録(二)記載の資材(たゞし最後の二行記載の資材を除く。)、翌一五日に同目録(三)記載の資材および同目録(二)の最後の二行記載の資材の各引渡を受け、これを転売処分したことが認められ、右認定を左右しうる証拠はない。

以上認定事実によれば、被控訴会社は、原審被告滝口の意図するところ(使途その他の内容)を知っておれば、当然その取引に応じなかったものと窺われるところ、同人に欺罔されて資材を引渡したものであるから、原審被告滝口の不法行為により損害を蒙ったものというべきである。

二、被控訴会社は、控訴会社と新成工業とは元請、下請の関係にあり、原審被告滝口が両者の被用者たる地位においてその事業の執行に関し、右の不法行為をなしたのであるから、控訴会社は、被控訴会社に対し民法七一五条により賠償すべき義務があると主張する。

1  元請負人が下請負人に対し工事上の指図をし、もしくはその監督のもとに工事を施工させ、その関係が使用者と被用者との関係またはこれと同視しうる場合において、下請人がさらに第三者を使用しているとき、その第三者が他人に加えた損害につき元請負人が民法第七一五条の責任を負うべき範囲については、下請工事の附随的行為またはその延長もしくは外形上下請負人の事業の範囲内に含まれるとされるすべての行為に及ぶものではなく、右第三者に直接間接に元請負人の指揮監督関係が及んでいる場合になされた右第三者の行為のみが元請負人の事業の執行についてなされたものというべきであり、その限度で元請負人は右第三者の不法行為につき責に任ずるものと解するのを相当とする(最高裁判所昭和三四年(オ)第二一三号、同三七年一二月一四日第二小法廷判決、民集一六巻一二号二三六八頁)。

2  そこで本件についてみるに、≪証拠省略≫によれば、

(1)  控訴会社は、前叙のとおり冷暖房冷凍給排水建築防熱工事の請負を業としているが、その内部機構として工事部と機器部があり、その工事の規模の大小によりその担当が分れ、請負工事をさらに下請に発注するに当っても、工事部と機器部との発注とは契約の内容を異にしていた。即ち、前者の発注の場合は、元請である控訴会社が必要資材をすべて支給するのに対し、後者の発注の場合は、下請業者が必要資材を調達する約定となっていた。なお、下請契約は、すべて控訴会社の本社において締結していた。

(2)  控訴会社は、甲府営業所を設置していたが、同営業所は、工事部発注工事については一切関与せず、機器部発注工事についてのみ、後記の如く、工事の促進をはかるため、週に一、二回係員が工事現場を見廻っていた。昭和四二年以降増田逸男は、同営業所長代理として、同営業所の業務を事実上一切総括して処理し(この点当事者間に争いがない。)、昭和四二年四月頃控訴会社と被控訴会社とが取引を開始した以後、同営業所関係の注文は、増田らがなしていた。なお、同営業所が直接購入するのは、主に故障修理、アフターサービス等に必要な部品、機材、工具等であって五万円以下に限られ、それ以上は本社において購入していた。右発注については控訴会社所定の用紙(乙第一号証の一ないし四、なお書類の作成は事後になされることもある。)を用いてなされ、代金の請求は、納入業者が予め購入しておいた控訴会社所定の用紙(甲第四号証の一ないし六)を用いてなされ、提出を受けた前記営業所において手元の注文関係書類(乙第一号証の一、二を用いたもの)と照合の上、担当者が検印を押して本社に送付し、本社より納入した業者に対して手形または銀行振込みで(なお甲第四号証の六の支払明細書が返送される。)代金の支払いがなされた。

(3)  新成工業は、昭和三六、七年頃設立され、その頃より控訴会社の下請をしていたのであるが、昭和四三年、控訴会社から山梨県下で山梨中央銀行(工事部発注)、山梨学院大学、東邦生命、本栖湖ボート会館(いずれも機器部発注)の工事を下請した。新成工業では、従業員である原審被告滝口一名を派遣し、現場に常駐させ、同人に現場で工事人夫を採用して工事施工に当らせた。前叙の如く控訴会社機器部の発注した工事については、下請である新成工業において必要な資材を調達しなければならないので、その大部分のものは、東京、横浜より輸送したが、輸送費等の関係から現地調達の方が安上りなもの、追加工事等により不足の資材は、最高限度額(請負金額の一〇%程度)を定めて原審被告滝口の責任と裁量のもとに現地で購入することとした。ところが新成工業は甲府市内に取引先がなかったので、控訴会社に業者の紹介を依頼した。そこで前記増田は、同年一一月頃甲府営業所に被控訴会社の水道係長(当時)堤(旧姓浅川)恵治を呼び、新成工業が資材を購入したいといっているので、よければ取引をして貰いたいと云って、新成工業の代表者および現場担当者である原審被告滝口を紹介した。

(4)  その後原審被告滝口は、前記機器部発注工事に必要な資材を被控訴会社に発注・購入した。右発注は新成工業所定の用紙を用いてなされた(事後に書式を整えることもあったと思われる。)。右代金の支払いは、主として新成工業が控訴会社より下請代金として受領すべき控訴会社振出の約束手形を事前に控訴会社経理担当者に申出て、右代金額に見合うよう細分して貰い、その手形を被控訴会社に裏書譲渡する方法によりなしていた(なお新成工業振出の約束手形で支払ったこともある。)。

(5)  増田はじめ甲府営業所の従業員は、新成工業が下請をした機器部発注工事についても工事促進のため週に一、二回現場を見廻る程度で、工事施工上の指図もしくは監督はもとより必要資材の調達についても何ら指図、監督をすることはなかった。新成工業の本社も必要資材の現地調達は、最高限度額内のものは一切原審被告滝口の責任において処理させていたことは、前叙のとおりであり、右限度額をこえるものについては本社に報告させていた。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

3(一)  もっとも被控訴会社の元帳である甲第三号証の一ないし六、同第一九号証の一、二、同第二〇号証には、口座名に控訴会社の名が記載され、新成工業が下請した工事の資材の取引(原審被告滝口の発注)が記帳され、また被控訴会社所定の用紙による請求書である甲第五号証の二、同第七号証の二、同第八号証の一、同第九ないし第一一号証、同第一二号証の一ないし三、同第一四号証、同第一六号証の一ないし八(≪証拠省略≫により被控訴会社は、これら請求書を作成したが、控訴会社に提出しなかったことがうかがわれる。)には宛名として控訴会社の名が記載されているが、これら被控訴会社の帳簿処理上控訴会社との間の取引として記帳処理されていたことをもって直ちに原審被告滝口が控訴会社の業務の執行として被控訴会社に発注していたものとはいえないし、また控訴会社がその代金を支払っていたものということもできない。

なお、甲第三号証の一の一枚目一〇行目、同号証の二の二枚目一一行目、同号証の二の三枚目二行目および四行目、同号証の四の九枚目二三ないし二七行目に注文者または受領者として控訴会社の従業員の名が記載されているが、≪証拠省略≫によれば、これらの資材は、いずれも新成工業の下請工事ではなく、控訴会社自ら施工したホテル八田もしくはホテルふじの工事のため控訴会社が発注したものであることが認められ、誤まって新成工業の下請工事の口座に記帳したものと解せられる。もっとも前記乙第二号証の一ないし四の各工事現場欄の記載が訂正されたものがあり、これは当初被控訴会社が記載したものを提出を受けた控訴会社が検討して訂正したのではないかと考えられるが、右訂正により前記認定は左右されない。

また、前掲甲第一一号証(請求書甲第一六号証の六と同一とみられる。)には増田の受領のサインがなされているが、≪証拠省略≫によれば、注文した資材が現場に運び込まれた際たまたま居合せた同人がサインをしたにすぎないことがうかがえるから、これをもって控訴会社が発注、受領したものということはできない。

(二)  前掲甲第四号証の六と対比して控訴会社所定の用紙を用いて作成された支払明細書であると認められる甲第七号証の三、同第八号証の二、同第一七号証の一ないし四と≪証拠省略≫と対比すれば、控訴会社が被控訴会社に対し各支払明細書記載の代金を支払ったとうかがえないでもないが、≪証拠省略≫によれば、控訴会社甲府営業所では甲第四号証の二ないし六の用紙を用いた書類が提出されると担当者が各葉に検印を押して本社に送付していたことが認められるところ、前記各支払明細書にはいずれも担当者の検印がないから、これら各明細書が控訴会社に提出され、控訴会社が代金支払いとともに被控訴会社に返送したものとは断定し難く、してみれば、これら支払明細書をもって直ちに控訴会社が被控訴会社に各記載の代金を支払ったものと認めるには躊躇せざるをえない。

4  なお被控訴会社は、増田が被控訴会社に対し、今後新成工業が下請工事をしている部分については、原審被告滝口が直接発注することもあるが、その場合も控訴会社が連帯責任を負うから売るようにとの申込みを受けたと主張し、≪証拠省略≫中には右主張にそう趣旨の供述があるが、これら証言は、≪証拠省略≫と対比して措信することができない。

5  ところで前記(2項)認定事実によっても、新成工業は、控訴会社甲府営業所が関与する控訴会社機器部発注の下請工事については、自らその必要資材を調達し、現地調達資材についても、控訴会社は、単にその取引先である被控訴会社を紹介したにすぎず、右紹介に基いて新成工業が現場担当者である原審被告滝口をして被控訴会社に発注、購入し、その代金を支払っていたものであり、また前記工事についても増田ら甲府営業所の従業員は、工事促進のため週に一、二回工事現場を見廻っていたにすぎないことが認めうるにとゞまり、到底控訴会社が新成工業に対し工事施工の指図もしくは監督をして両者の関係が使用者と被用者の関係またはこれと同視しうる間柄にあったものということはできず、さらに原審被告滝口の被控訴会社に対する資材の発注、購入が控訴会社の直接間接の指揮監督関係のもとになされたものと認めることはできず、他に右事実を認めるに足る的確な証拠はない。

6  この点に関する被控訴会社の主張は、理由がない。

三、次に被控訴会社は、原審被告滝口は、資材購入につき控訴会社より代理権を賦与されており、仮りにしからずとするも表見代理が成立すると主張する。しかしながら、増田が原審被告滝口が直接発注した資材の代金についても控訴会社が連帯責任を負う旨を申込んだとの被控訴会社の主張の認められないことは前叙のとおりであり、他に被控訴会社主張の如き代理権賦与の事実を認めるに足る証拠はない。また表見代理の主張についても基本代理権を有していたことにつき何らの主張、立証がないから、右主張も認めるに由ないものといわなければならない(なお、原審被告滝口は、前叙の如く、新成工業の業務執行として同会社の名において被控訴会社に発注、購入したのであって、控訴会社の名において契約したものではないから、この点からしても代理に関する主張は、理由がないといわねばならない。)。

四、以上の次第であるから、控訴会社に対する被控訴会社の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきである。

よって右と判断を異にし、被控訴会社の請求を一部認容した原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴会社敗訴の部分を取り消し、被控訴会社の請求を棄却し、被控訴会社の本件附帯控訴は理由がないから、これを棄却することとして、民事訴訟法第三八六条第三八四条第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 中川幹郎 裁判官小林定人は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 岡田辰雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例